お知らせ(2013年度掲載分)
■チビとハナは元気です
カンガル犬のチビとハナは元気にしています。今年のはじめにはカマンの獣医さんが狂犬病等の予防注射をしてくれました。温かい日は散歩の後に芝生の上でごろごろして遊んでいます。チビとハナがいるためでしょうか。研究所の敷地内をしょっちゅううろついていた野犬もほとんど来なくなりましたし、チビとハナは番犬としてなかなかの活躍をしてくれていると言えそうです。チビとハナの側でいつも一緒にいたクロは、残念なことに2月下旬に老衰でなくなりました。このクロの父親がオオカミのクルトでしたが、クロが死んだことにより研究所にはオオカミの血を継いだ犬は一頭もいなくなりました。(2014年3月20日)
■アナトリア高原にも春がやってきました
アナトリア高原にも少し早めの春がやってきました。今年の冬は予想に反して雪も少なく、寒さも例年に較べるとそれほどでもありませんでした。どちらかと言うとしのぎ易い冬だったと言えます。ただ、雪が少なかったことで今夏の水不足が今から心配です。旱魃に見舞われますと、穀物の減収に直ぐ直結しますので村民は心配この上ないようです。アナトリア高原は、昨年の10月に播種した小麦が芽を出し始め緑色が大分濃くなってきておりますが、なんとか雨が欲しいところです。カマンの町でも水不足の話しでもちっきりです。三笠宮記念庭園、研究所周辺の木々も瑞々しくなってきましたし、芝生も心持ち緑が多少強くなってきました。杏、アーモンドの花も咲き始めました。池の錦鯉の動きも大分大きくなってきています。庭園のソメイヨシノの満開は、昨年は4月中旬でしたが、この温かさでは開花も少し早くなるかもしれません。この温かさに釣られたのでしょうか。三笠宮記念庭園、カマン・カレホユック考古学博物館を訪ねてくる人の数も日一日と増えてきています。(2014年3月18日)
■冬期間のアナトリア考古学研究所の活動
昨年の11月にクルシェヒル県の遺跡踏査を終了、その後はアナトリア考古学研究所で出土遺物の整理等を中心に作業を継続して行っております。3遺跡の出土遺物を整理するとなりますと、かなりの時間を必要としますが、分類作業は1月いっぱいで総てを終えました。その作業と平行する形で、出土遺物の実測、建築遺構、断面図作成、土器の復元、また、概報、本報告書の作成も行っています。何れの作業も3遺跡で発掘調査の中心的役割を演じてくれているウスタ(親方)と呼ばれる労働者が中心になって行っておりますが、アナトリア考古学研究所のウスタは、エジプト、イラク等の発掘現場で活躍している熟練労働者のレベルではありません。どちらかと言うと、遺物、建築遺構、断面等の実測、土器の復元が出来る専門家と言った方が正しいかもしれません。現在、朝8時から夕方4時まで坦々と彼らと一緒に作業を続けています。4月に入りますと、第6次ビュクリュカレ遺跡発掘調査が始まり、6月中旬には第29次カマン・カレホユック遺跡発掘調査、そして9月初旬からは第6次ヤッスホユック遺跡発掘調査、そしてクルシェヒル県の遺跡踏査と続きます。発掘調査が本格化するまで、研究所内での作業があと1ヶ月ぐらいは続きそうです。(2014年3月13日)
■植栽が始まりました
中央アナトリアでは3月中旬から4月中旬が植栽に最適の時期と言われています。3年前からカマン・カレホユック遺跡のそばにある苗床で育てていた300本ほどの松も大分大きくなり、三笠宮記念庭園の周辺に運び植栽を盛んに行っています。庭園の周辺は柵で囲まれていることもあり放牧している羊等の家畜が中へ入ってきませんので、若芽を食べられることはありません。何れの苗木も30センチ前後の高さに成長しているものの、ここ数年は時折水をやるなど面倒を見る必要がありそうです。この植栽が終わるころには庭園のソメイヨシノも満開になるものと思います。(2014年3月13日)
■第25回トルコ調査研究会開催日程変更のお知らせ
2013年、12月22日、23日、三鷹の芸術文化センターでトルコ調査報告会、第24回調査研究会を行なった際に、第25回トルコ調査研究会を、2014年3月9日に行なう予定であることをお伝えしました。現在、資料の分析を盛んに行なっているところですが、もう少し分析にお時間を頂ければと思っております。資料の分析の進捗状況にもよりますが、現在のペースから行きますと5月から6月にかけて第25回トルコ調査研究会を開催できる運びになるのではないかと思います。詳細が決まり次第、アナトリア考古学研究所のHPでご案内致します。(2014年2月26日)
(公財)中近東文化センター附属アナトリア考古学研究所 大村幸弘
■『アナトリア考古学研究』XVIII号が装丁も新たに刊行されました
アナトリア考古学研究所は、1985年の予備調査を踏まえ1986年に開始したカマン・カレホユック遺跡の発掘調査と関連研究の成果報告を、1992年以来『アナトリア考古学研究 カマン・カレホユック』I〜XVI号として刊行いたしましたが、XVII号よりは『アナトリア考古学研究』として、さらに、XVIII号よりは、装丁も新たな『アナトリア考古学研究』を刊行いたしました。
この新装『アナトリア考古学研究』では、カマン・カレホユック発掘調査に加え、アナトリア考古学研究所が2009年に開始しましたビュクリュカレ遺跡、ヤッスホユック遺跡の発掘調査と、これらの調査を基に行われている多くの関連分野における研究の成果が報告されています。PDFでも今後公開してまいります。
多くの皆様にご閲覧頂きたく、ご案内申し上げます。(2014年1月7日)
■2013年度トルコ調査報告会・第24回トルコ調査研究会終了
12月22日(日)、23日(月)、2013年度トルコ調査報告会、第24回トルコ調査研究会が、三鷹市芸術文化センター「星のホール」で多くの方々のご参加を頂き開催されました。厚くお礼を申し上げます。(2013年12月28日)
■2013年3遺跡空撮終了
4月から11月初旬まで続いた3遺跡の今シーズンの発掘調査も終了し、先々週には出土した建築遺構、セクションを保護するための屋根架けも終わりました。例年のように、それらの作業の後に気球にヘリウムガスを充填し、デジタルカメラを搭載、およそ300メートル上空から各遺跡を撮影しました。この作業をもって3遺跡の2013年の作業は無事完了したことになります。12月から3月末までは、出土遺物の実測作業等を行うことになっています。(2013年12月3日)
■カマン・カレホユック遺跡発掘区保護屋根
第28次カマン・カレホユック発掘調査は、9月初旬に終了。出土した建築遺構、断面等の保護のため、今シーズンも発掘区に保護屋根を架ける作業を行いました。発掘区の最深部は深さが10メートル以上もありますので、かなり注意深く作業を行う必要がありました。この作業は、カマン・カレホユック発掘調査に関わっている労働者のみで毎年行って来ていますが、自分たちで発掘した建築遺構と言うこともあり何処に鉄骨を組むか等、遺構の構造を実に良く把握して作業をしているのには驚きました。鉄骨を組む作業は数日で終わり、その後は10×5センチの角材、そしてその上にはトタンを張り、約2週間で完了。
カマン・カレホユック遺跡のある中央アナトリアの冬期間は、年によって違いはありますがかなりの降雪があります。遺跡保存のために色々なことを試みてきましたが、これまでの経験から言いますと、簡易のトタン屋根が最も安価で効果的であるように思います。この保護屋根を構築する基本姿勢として、資材等はすべてトルコ国内の何処でも入手出来ること、構築方法も地元の人たちでも容易に出来ることを第一としています。このカマンの方式が最近では各地の発掘現場でも採用されるようになって来ているのは嬉しいことです。他の発掘現場からカマンの労働者に保護屋根を架けることで相談があったりと徐々にその技術も浸透し始めているようです。
カマン・カレホユックの保護屋根終了後、ヤッスホユック、そしてビュクリュカレ遺跡にも保護屋根を架ける予定です。
この作業は、住友財団の助成で行っています。(2013年11月5日)
■三笠宮記念庭園は紅葉の季節を迎えました
つい先日まで暑い暑いと思っていましたが、先々週ぐらいから中央アナトリアも一気に気温が下がってきました。早朝はマイナス3度まで気温が下がる日が数日続き、雪もちらついた程です。寒さが続いたためでしょうか、三笠宮記念庭園は紅葉の季節を迎えました。ソメイヨシノ、モミジ、ツタが見事に紅葉しています。紅葉を楽しみに多くの人々が庭園を訪ねて来ています。庭園の池の水も急に冷え込んで来たためか良く澄んでおり、錦鯉が観賞できるようになりました。錦鯉を見るのも入園者の一つの楽しみになっているようです。いつも書くことですが、高原の刈り入れも終わり冬支度が始まる頃になりますと、アナトリア高原の乾燥した空気が見事に澄み切ってきます。羊飼いが羊を追っている声が遠くから風に乗って聴こえて来るのもこの時期です。研究所も今週から薪割り、庭園の樹木への堆肥入れなど冬支度の準備に入ります。(2013年10月23日)
■カマン・カレホユック考古学博物館講演会
カマン・カレホユック考古学博物館では、定期的に講演会、そして土曜日、日曜日の夕方にはチャウルカン村の子供たちを対象として博物館案内も毎週行っています。今回はカマン市からの依頼もあり、胡桃祭りに合わせて講演会を開きました。カマン胡桃祭りの二日目、12日の土曜日、12時半からカマン・カレホユック考古学博物館で、アナトリア考古学研究所長大村幸弘による『考古学に於けるクルシェヒル県の重要性』とのタイトルで講演が行われましたが、胡桃祭りに来ていた観光客も含め400人程が参加、会場はびっしりとなるほどでした。クルシェヒル県知事、カマン郡長、カマン市長等もお出でになりなかなか盛大な講演会となりました。講演会では、カマン・カレホユック、ヤッスホユック、そしてビュクリュカレ遺跡から出土した主な遺物を紹介しながら、考古学の立場からクルシェヒル県の重要性を解説しましたが、参加者の中には初めて博物館を訪れた人たちも多く、講演会のあとも博物館内は入館者で賑わっていました。12日は博物館の入館者が千人を優に超したとのことです。(2013年10月22日)
■カマン胡桃祭り(2013年)
アナトリア考古学研究所のあるクルシェヒル県、カマン郡は胡桃の生産高が全国一として知られています。カマンの並木にも胡桃が植えられているほどで、郡のいたるところに胡桃の木を見ることができますし、最近では小麦の作付けを止め、胡桃の栽培に精を出している農家が目立ちます。カマン・カレホユック遺跡の周辺もいつの間にか胡桃の苗木が次々と植えられているのには驚いてしまいます。カマンの胡桃は、殻が柔らかく容易に割れるのが特徴で、味もなかなかと言うことで評判が高く、カマンと言えば胡桃と言われるほど有名です。胡桃の収穫は9月中旬から下旬にかけて行われ、10月初旬にはカマンの八百屋の店先に顔を見せ始めます。今年は10月10日から13日まで、カマンの町で『胡桃祭り』が行われました。カマン市は民謡歌手をアンカラ、イスタンブルから招き、町の真ん中に設えた舞台でコンサートを催したりと、カマンの町は年に一度の大賑わいを見せました。メイン通りの一つであるアタチュルク通りは、朝早くから通行止めになりました。道の両サイドには近郊の村からやって来た人々が、自分たちが育てた胡桃、林檎、南瓜等を山積みにして声をからしながら売っているのを見るのもこの祭りならではの光景です。カマンは正しく実りの秋というところです。胡桃、果物、野菜に並んで、薪ストーブまでが並んでいたのは初冬が近いことを知らせてくれています。この祭りのあとは、犠牲祭です。それが終わったところでカマンは本格的な冬支度に入ります。(2013年10月21日)
■N.オズギュッチ教授来所
10月9日(水)、アジェムホユック遺跡前調査隊長のN.オズギュッチ教授がアナトリア考古学研究所、カマン・カレホユック考古学博物館、三笠宮記念庭園、そしてヤッスホユック遺跡を久しぶりに訪ねてこられました。教授は、1948年からキュルテペ遺跡をご主人のT.オズギュッチ教授とともに長年調査にあたられ、円筒印章の研究ではアナトリア考古学の中で先駆者として活躍なさっております。1962年からは塩湖の東端に位置するアジェムホユック遺跡で発掘調査を開始され、アッシリア商業植民地時代に関して多大な功績を残されております。現在でも、ご自宅でアジェムホユック遺跡出土の印章、印影の研究をなさっており、近々その報告書も出版される予定です。N.オズギュッチ教授は、友人の方々とご一緒にカマン・カレホユック考古学博物館を回られ、アンカラへお戻りになる際は、現在、発掘調査を盛んに行なっているヤッスホユック遺跡を訪れ、隊長の大村正子アナトリア考古学研究所研究員の案内で前3千年紀末から前2千年紀初頭にかけて年代付けられる宮殿址をゆっくりご覧になられました。トルコの考古学界では最長老のお一人ですが、時折、アンカラのご自宅にお伺いする時もありますが、机の前にお坐りになり微動だにしない姿勢で研究なさっている姿には、何か叱咤激励されているような感じを強く受けます。まだまだお元気にご活躍されることを願って止みません。(2013年10月11日)
■博物館学フィールドコース(2013年)
一昨年度、昨年度に引き続いて、国際交流基金、トルコ文化・観光省、アナトリア考古学研究所の共催によりカマンで博物館学フィールドコースが開催されました。
今回は、第一回目が、9月16日~9月21日、そして第二回目は、9月23日~9月28日の日程で、カマン・カレホユック考古学博物館、アナトリア考古学研究所のセミナールーム、保存修復室を使って行われました。参加者は夕方の研究所のミーティングに参加し、各自が勤めている博物館の紹介を行い、発掘調査に携わっている研究者とも活発な交流が行われました。
参加した学芸員は、南東アナトリアのシャンルウルファ、ガズィアンテップ、アドゥヤマン、東アナトリアのカルス、エルズルム、黒海沿岸のサムスン、スィノップ、ゾングルダック、中央アナトリアのカイセリ、アマシア、ボル、カラマン、ウスパルタ、西アナトリアのブルサ、バルックケシル、ウシャック、デニズリ、テキルダウ、イズミル−オデミシュ考古学博物館等からの延べ25名です。今回の顔ぶれは、博物館に最近採用された若手が中心で、その意味でもこれまでのコースとはかなり雰囲気が違っていました。毎年、国際交流基金が派遣して下さっている展示専門家の永金宏文氏が全期間を通して講師をし、展示に関する授業の傍ら青銅製品、鉄製品等の処理、土器の修復、遺物撮影等の授業もあり、大分密度の濃いコースとなりました。
遺物の処理の授業では、アナトリア考古学研究所のケート・ワイト・フィールド・コンサベーターが、また、土器修復は研究所のエリチン・バシュが手を取りながらの懇切丁寧な指導をしてくれていたのが何よりも印象的でした。永金氏は、例年通り、展示を行う上での基本構想の立て方、その構想を基に模型の作成、さらには実際にどのように遺物を展示するか等の授業を行って下さいました。特に、カマン・カレホユック考古学博物館内の展示コーナーを使いながら、展示構想を立てる上での模型作りにかなりの時間を割きながら、じっくり指導して下さったのは彼らにもなかなか良い勉強になったのではないかと思いました。最終日には、自分たちが作成した模型を基に、展示構想等を説明したのち永金氏からの講評も受けておりました。
最終日の講評をもってコースの全ての過程を終了し、彼らは参加証を受け取り研究所を後にしました。
今回のコース参加者は、既述したように若手学芸員が中心であったこともあり、昨年に較べても全期間を通しても活気のある、明るい雰囲気に包まれていたことと、全員が真剣な眼差しで授業に集中していたのには驚きました。今回のフィールドコースを通して、トルコの博物館の問題点も把握することが出来たと同時に、このフィールドコースでトルコの地方博物館にも多少なりとも貢献出来たのではないかと思っております。
この3年間で、トルコの50近くの博物館の学芸員がこのフィールドコースに参加したことになります。今回で博物館学フィールドコースは終わりになりますが、文化・観光省からは今後もこのプロジェクトを継続して欲しいとの話もあり、研究所としてはこれからもトルコの地方博物館に何らかのお手伝いをすることが出来ればと考えております。(大村幸弘)(2013年10月1日)
■カマン・カレホユック考古学博物館の広告
2010年の7月10日にオープンしたカマン・カレホユック考古学博物館は、連日多くの訪問者で大いに賑わっています。断食月が終わった後のシェケル・バイラム(砂糖祭)を含む連休には、一日の博物館の入場者として1200人もありました。昨年は、800人ぐらいが一番賑わった日でしたが、このところ入場者数は我々の予想を大幅に上回っています。おそらくここ数ヶ月の入場者はまだまだ増加するのではないかと思います。これは地域振興費によって作成したカマン・カレホユック考古学博物館を宣伝するための看板が出来上がり、アンカラ-カイセリ街道に設置されたことも入場者数増には一役買っているのかもしれません。この広告看板を見たカマン、クルシェヒルの中小企業からもう一つ設置してはどうかとの提案もありました。カマン・カレホユック考古学博物館が、徐々にではありますが地元に根付き始めているような感じを受けます。
それと今シーズンの傾向として、チャウルカン村、カマン市、クルシェヒル市、近郊の村々で結婚式があると、記念撮影場として三笠宮記念庭園が大いに使われるようになってきたことです。多い日で結婚式を終えたばかりの十組ぐらいの新郎、新婦が親族等とともに庭園、博物館をたずねてきています。(2013年9月5日)
■アナトリア考古学研究所退職者の集い(2013年)
毎年、恒例になっているアナトリア考古学研究所の退職者の集いが、8月20日(火)に行なわれました。生憎、天気が悪く集まった退職者には気の毒なことをしてしまいました。この集いに毎年必ず来ていたアフメット・ペフリバン、弟のラマザン・ペフリバンの二人はあまり体調が良くないと言うことで来てもらえませんでした。昨年以来、二人とも杖をついて歩くようになっていましたが、今年は長い距離をもう歩けないと言うことで遠慮したとのことです。二人ともカマン・カレホユック発掘調査の初期の段階で大いに活躍してくれていましたので、なんとも淋しい気持ちです。少しでも元気になってくれることを願っております。集いに参加した退職者には、チャイと一緒に研究所のコックが作ってくれたクッキー等をご馳走、1時間ほど歓談、楽しい一時を過ごしました。いつも感じることですが、発掘調査で退職した村人と話しをしていると、カマン・カレホユック発掘調査は、彼らの協力なしではあり得なかったな、としみじみ思います。心から退職者に感謝をしたいと思います。今では彼らの孫が『土器洗い』等に入って来ており、月日の経つのが余りにも早いのには驚かされます。(2013年8月29日)
■アナトリア高原は実りの秋に入りました
暑い暑いと言っているうちに、アナトリア高原にも秋が近づいて来ていました。日中の発掘現場は、40度前後まで気温が上昇しますが、早朝の冷え込みはなかなかなものです。長袖は勿論のことダウンジャケットを着て出掛けている隊員もいるぐらいです。つい先だってまでは、車で発掘現場へ向かう時はライトを点灯することもありませんでしたが、先週ぐらいからはライトを点けるようになりました。カマンの日の出も6時15分と大分遅くなってきています。
そして研究所の中にある梨、葡萄が丁度食べごろになっていることでも、秋を感じます。研究所中でも発掘期間中に使用しているハウス側の葡萄の実がたわわです。それと梨も食べごろになっています。これからは日一日と日の出が遅くなり、早朝もかなり冷え込んでくるものと思います。(2013年8月28日)
■考古学の学校(2013年6月,7月)
例年行っていることですが、今シーズンも『考古学の学校』を6月29日から開始しました。第28次カマン・カレホユック発掘調査の開始と同時に、毎週、土曜日、12時15分から1時半まで『考古学の学校』を行っています。最初に、遺跡の頂上部で、層序、レベルの操作等勉強し、その後に、各発掘区に入りその週に行った作業について授業を行っています。発掘現場ではかなり白熱した討論が行われる時もあり時間を忘れてしまうほどです。愉快な質問も多々出てきますが、この授業を通して考古学に馴染んで貰うことが出来れば本望です。また、日曜日の4時半から5時半の一時間、カマン・カレホユック考古学博物館で村の子供たちを対象とした授業も行っています。
文化財保存についての授業も行いますが、発掘している遺跡、そして出土遺物を最終的に守るのは現地の人々であり、次世代の子供たちであり、考古学、発掘調査、文化遺産に対する彼らの理解が少しでも深まった時に初めて本来の文化財保存は可能になるのではないかと考えております。(2013年7月24日)
■アナトリア高原は真夏に入りました
6月17日に第28次カマン・カレホユック発掘調査を開始、24日からは本格的に発掘を行っています。先週までは日中も27〜28度前後としのぎやすい日が続いていましたが、今週に入って一気に気温が上がり、今週は40度前後まで気温が上昇し、アスファルト道路もあまりの暑さで一部溶けている程です。アナトリア高原も真夏に入ったと言うところでしょうか。
高原では大形のコンバインダーが至る所で小麦刈りをしています。広々とした高原の中では、コンバインダーも小さく見えます。ヒマワリの背丈はまだ50㎝ほどですが、あっという間に延びているのには、いつものことですが驚かされてしまいます。5月はイチゴ、そして6月に入ったと同時にサクランボ、杏、西瓜、メロンが次々と八百屋の店頭に並ぶようになりましたが、店先を占領しているのはなんと言っても西瓜です。南東アナトリアから入って来ているとのことです。発掘現場では、12時の休憩の時間に西瓜を食べていますが、水代わりには最適な果物です。7月9日からは一ヶ月間、断食月になりますので、発掘調査のペースもかなり落ちてしまいそうです。(2013年6月30日)
■第35回発掘、一般調査、保存科学国際シンポジウム
トルコの文化・観光省史跡・博物館総局の主催で第35回発掘、一般調査、保存科学国際シンポジウムが、地中海沿岸の町、ムーラのムーラ・ストゥック・コチマン大学のアタチュルク文化センターで、5月27日(月)から31日(金)まで行われました。このシンポジウムは、1979年に第1回シンポジウムがアンカラで開始され、アナトリアの発掘調査が本格化する前の5月下旬に行われるのが習わしになっています。また、このシンポジウムで発表した報告は、翌年のシンポジウムまでには報告書として出版されるのが一つの特徴となっています。
このシンポジウムは、前年度、アナトリアで行われた発掘、一般調査、分析等に関しての結果を報告することが主目的です。それと同時に研究者間の交流も盛んに行なわれるのもこのシンポジウムの特徴のひとつかもしれません。前年度調査を行った研究者は、この機会を使って調査結果を初めて公開する場合もあり、今回のシンポジウムには5日間を通して約500人を超すアナトリア考古学の関係者が参加しました。
アタチュルク文化センター内の4会場−A、B会場は発掘調査、C会場は一般調査、D会場は一般調査、保存科学−に分かれて発表が行われましたが、今回のシンポジウムの特徴は、大きく四点あると思います。
第一点目は、発掘調査の発表の中で、遺跡の保存、発掘区の保存に力点を置いているものが多く見られたと言うことです。これまでのシンポジウムではあまり感じられなかったことです。トルコの文化・観光省は、発掘現場を観光と結びつけようとする傾向が最近富みに強く、それが影響しているのではないかと思います。
第二点目は、一般調査でトルコの若手研究者の発表が数多く見られたと言うことです。これは1980年代以降、トルコの各地に大学が設置されたことに深く関わっていると思います。大学の多くには考古学科が開設され、多くの考古学研究者が養成されたことに起因していると思います。
第三点目は、ドイツの発表が極端に減少したことがあげられます。これは第二点目とも関わってくると思いますが、2012年はドイツの全ての発掘調査に対して遺跡の保存修復以外の許可を出さなかったことに因るものと思います。つまり、トルコの文化・観光省はドイツに対して発掘許可を認めず、その代わりとして遺跡の保存、修復を強く要請したため、ドイツの発掘調査の発表が少なくなったものと思います。
第四点目は、これまで欧米が調査を行っていたトロイ、ケルケネス遺跡をトルコ隊が行うようになったことも一つの大きな変化と言えるかもしれません。
発表は、発掘調査−175、一般調査−84、分析−60、計319にもおよびました。勿論のこと、全ての会場に足を運ぶことは物理的に無理で、今回も主に発掘調査を中心に報告を聞きました。今回のシンポジウムで先史、中期、後期青銅器時代、鉄器時代の発表の中で、特に印象に残ったものを挙げますと、カナダ隊のタイナット遺跡発掘調査、イギリス隊のボンジュクル遺跡、トルコ隊のセイトオメル遺跡、オユルン遺跡、キュルテペ遺跡、アメリカ隊のサルディス遺跡などでした。
イギリス隊のボンジュクル遺跡では、居住する空間が、円形から矩形に換わる時期をボンジュクル遺跡と近くにあるチャタルフユック遺跡と比較考察しながら調査を進めており、その変遷過程がほぼ明らかになりつつあることが発表さました。セイトオメル遺跡は、緊急発掘と言うこともあり、常時300名の作業員で前3、2千年紀の文化層を掘り下げており、膨大な土器資料が出土したとの報告がありました。前2千紀の西アナトリアと中央アナトリアの文化交流を考察する上では今後の研究次第では重要な遺跡に位置づけられるのではないかと思いました。キュルテペ遺跡では遺丘部での発掘報告がなされましたが、径15メートルを超す円形の貯蔵庫が確認され、その中から夥しい遺物が出土したとの報告がありましたが、前期青銅器時代の大理石製の像など極めて貴重な遺物が含まれているにも関わらず、層序を基本とした発掘ではないのが残念と言えば残念でした。タイナット遺跡では鉄器時代の宮殿址等が確認されていましたが、今後、カルケミシュ、カラテペ、ズィンズィルリ遺跡との比較考察することにより、南東アナトリアの後期ヒッタイト時代の研究が今後大きく飛躍するのではないかと思います。大いに期待出来る発掘調査のように感じました。
アナトリア考古学研究所は、第27次カマン・カレホユック発掘調査(大村幸弘)、第4次ヤッスホユック発掘調査(大村正子)、第4次ビュクリュカレ発掘調査(松村公仁)、クルシェヒル県に於ける遺跡踏査(大村幸弘)の四つの発表を行いました。ヤッスホユック、ビュクリュカレ遺跡に関しては、発表後、発掘担当者が会場の外で多くの質問を受けていたのが印象的でした。(2013年6月3日)
■考古学の学校(2013年5月)
5月3日(金)、カマン・カレホユック考古学博物館にイタリア、ポーランド、スペインの中学生が25名訪ねてきました。彼らはクルシェヒル県の教育委員会の招待でトルコを訪問し、クルシェヒルの中学校で授業を受けるなどの交流をはかっていましたが、そのプロジェクトの一環にカマン・カレホユック考古学博物館の「考古学の学校」も含まれており、3日の午前中に博物館にやって来ました。学芸員のプナルさんが、粘土板について話したのち、実際に楔形文字を粘土板に刻む体験学習を2時間程行いました。多くの中学生は自分の名前を楔形文字で刻むという初めての体験に大喜びし、教室はトルコ語、イタリア語、スペイン語、そしてポーランド語が飛び交い大いに盛り上がりました。体験学習の後、博物館、三笠宮記念庭園を見学して、夕方にカマンを離れました。(2013年5月15日)
■女性の日(2013年5月)
5月9日(木)、アナトリア考古学研究所とカマン・カレホユック考古学博物館が毎月共催で行っている「女性の日」を開催しました。会には研究所のあるチャウルカン村、カマン町をはじめ周辺の村々から多くの女性が参加しました。今回は、まず初めに当研究所の大村幸弘所長が「考古学の発掘調査と文化財保護」について、その後、長年に渡って文化財保存に尽力してきたヌルテン・ジェジェリアルカンさんをお招きし、「文化遺産の保護-女性の役割」というタイトルでお話し頂きました。ケヴセル・オズデミル・クルシェヒル県知事夫人、ユルドゥズ・オズドアン・アクプナル郡長、アズィメ・チフチ・カマン郡長夫人をはじめとして百名を超す女性が集まり、熱心に耳を傾けていました。外部の方に講演をお願いするのは今回が初の試みでしたが、参加した皆さんの反応は極めて好印象でした。講演が終わると学芸員のレイラさんの案内で博物館を見学しました。中には子供連れで参加した女性も多く、博物館は一日中大賑わいでした。(2013年5月14日)
■アメリカ研究所来所
4月28日(日)、アメリカ研究所のエリフ・デネル博士やサルディスのニコラス・D・カーヒル隊長等24名が、ビュクリュカレ遺跡、カマン・カレホユック考古学博物館、三笠宮記念庭園、アナトリア考古学研究所を訪ねてきました。博物館では、ビュクリュカレ遺跡から出土したガラス容器や粘土板、研究所では、昨年ヤッスホユック遺跡から出土した数多くの大形土器を前に長時間の討論が交わされました。カーヒル(サルディス発掘調査)隊長より西アナトリアに関する色々な情報を沢山入手出来たのが何よりでした。全ての施設等を見学した後、三笠宮記念庭園をゆっくり見学したいとの希望があり、二時間ほど三々五々庭園を散策し、6時前にアナトリア考古学研究所を後にしました。今日はアメリカ研究所の他にも、カイセリのエルジェイス大学文学部日本語学科の学生が約50名、アンカラからはツアー客がバスでカマン・カレホユック考古学博物館を訪ねてきたこともあり、大賑わいの一日でした。(2013年4月29日)
■アナトリア大学の考古学科来所
4月13日(土)、エスキシェヒル市にあるアナトリア大学(トルコ名アナドル大学)文学部考古学科の学生45名が、アリ准教授とともにアナトリア考古学研究所、カマン・カレホユック考古学博物館、三笠宮記念庭園を訪ねてきました。エスキシェヒル市は、カマンまでおよそ410キロ、深夜1時にバスで大学を出発したとのことです。最初にクズルウルマック川の側にあるヒッタイトのビュクリュカレ遺跡を松村研究員の案内で一時間程見学した後、カマンにやってきました。最初に考古学博物館でカマン・カレホユックの模型を見ながら、遺跡の層序について説明をし、その後、プナル・イルマン学芸員の案内でカマン・カレホユック、ヤッスホユック、そしてビュクリュカレ遺跡から出土した遺物を一つ一つ丁寧に見学をしました。学生の多くは、夏休みの期間中、アナトリア大学が行っている発掘調査に参加しているとのことで、彼らからはなかなか鋭い質問もあり、博物館内で白熱した討論会が行われました。学生の多くは、博物館の真ん中に置いてあるカマン・カレホユック遺跡の模型に興味を持ち、自分たちで手動のハンドルを動かしながら遺跡の層序を何度も確認していたのが印象的でした。アナトリア考古学研究所の見学では、土器を実測するマーコと呼ばれる竹製の道具、そして実測器のニシオグラフには、かなり興味を抱いたようで、実際にマーコを手に取ったり、実測しているトルコ人のスタッフに色々と質問をしていました。カマン・カレホユックは保護屋根が架かっており建築遺構等の見学は出来ませんでしたが、学生から屋根の架かっている状態だけでも見たいと言う希望があり、帰り際に遺跡に立ち寄った後、エスキシェヒルへ戻りました。四月中には、他の大学の考古学科の学生も見学に入って来る予定です。(2013年4月17日)
■アナトリア高原は春爛漫です
3月末までは寒さが少しは残っていましたが、4月に入り一気にアナトリア高原にも春が到来しました。ここ数日の温かさで、三笠宮記念庭園のソメイヨシノは満開になりました。素晴らしいの一言につきます。昨年より二週間以上も早い開花です。それと同時に梨、アーモンド等の花も満開になりました。それにつられるように、庭園とカマン・カレホユック考古学博物館を訪ねてくる人が日増しに増えてきています。アナトリア高原の小麦も冬の厳しさから解放されたのでしょう。小麦の背丈も7〜8センチほどになりました。目も覚めるような小麦の緑色で今高原全体が覆われています。風が少しでも吹くと高原の緑がキラキラと輝きだすのはあまりにも美しく、しばし見とれてしまう程です。小麦もこれからの温かさですくすく背を伸ばして行くものと思います。地中海沿岸では子供たちが海岸で水遊びをしているとのニュースが流れてきています。あっという間にアナトリア高原も初夏に入ることでしょう。(2013年4月15日)